岩手県大槌町・仙台市若林区 復興支援出前コンサートの感想文2012年11月開催

2012年11月17,18日に行われた出前コンサートにお越しいただいたお客様、ご参加いただいた演奏家の皆様、同行した当法人スタッフの感想文です。

→ コンサートの模様はこちら

大槌中学校1年生の感想文

大槌中学校2年生の感想文

大槌中学校ブラスバンドスポーツ少年団代表者様の感想文

この度は、「大槌町復興支援コンサート」を開催していただき誠にありがとうございました。とても素晴らしい音楽をお届けいただいたことに心から感謝申し上げます。

 

大槌町はご覧のとおり未だ復興とは程遠い状況でございます。町長を始め役場職員や関係行政も一生懸命復興に向けて動いております。大槌を支援していただいている団体や個人のボランティアなど多くの知恵と力もいただいております。そして私たち町民も悲しみを乗り越え、前に進もうとしています。

 

その様な時に皆様は心の復興に必要な「音楽」を大槌の子供達、そして町民の皆様に届けてくださいました。

 

大江馨さんのヴァイオリン、大野かおるさんのヴィオラ、山本正治さんのクラリネット、梅村祐子さんのピアノ本当に素晴らしい演奏でした。

私は幸いにゲネプロから立ち会わせていただきました。そこは演奏者と関係者しか入れない空間です。とても贅沢な時間でしたが、一人客席の一番後ろの席で聴いていると自然に心の奥から込上げてくるものを感じました。

 

本番のステージでは、ご来場いただいた多くの町民の皆様も同じように感じたことと思っております。色々な想いが溢れ出るそんなコンサートでした。

 

そして、このコンサートは大槌中学校吹奏楽部の子供達も聴かせていただきました。大槌中学校は校舎が被災し現在は仮設校舎で勉強しております。辛い経験をした子供達ですが、皆様の音楽に触れているときはどの子も真剣で、また楽しそうにしていました。

以前より生でプロの演奏に触れる機会が少ない地域でしたので本当に心に響く音楽を感じることができたと思っております。

 

コンサート終了後に山本正治氏からクラリネット担当の子供達がクリニックを受ける機会をいただきました。緊張しながらも真剣な眼差しで聞き入る子供達には本当に貴重な経験をさせていただきたました。

 

四分一様をはじめご同行いただきましたスタッフの皆様、そして大槌に来ていただいた演奏家の皆様には心から敬意と感謝を申し上げます。

 

有難うございました。


仙台、蒲町小学校 5年生の感想文

復興支援出前コンサートの感想

 

 家族と友達で[~秋の旋律あなたの心へ]というチラシを持って、体育館に行きました。演奏された曲は、「愛の喜び」「崖の上のポニョ」「上を向いて歩こう」など、みんなの知っている曲もありました。ぼくの気になった楽器は、不思議な音を出してくれるクラリネットです。特に、最後のカルテットの演奏は迫力がありすばらしかったです。とても楽しかったです。


仙台、蒲町小学校 6年生の感想文

復興コンサートの感想

 

 コンサート当日は、友達と一緒に一番前に座りました。一番思い出に残っている曲は「崖の上のポニョ」です。映画でも聴いたことがある曲でとても大好きな曲でした。私は音楽を聴くことが大好きなので、コンサートでたくさんの曲を聴けたことがとてもうれしかったです。

 東日本大震災で、大変な思いをしている人たちのために遠くから来てくださり、とてもすてきな演奏を聴かせていただき、とても感謝しています。ありがとうございました。私も皆さんのように周りの人を笑顔にできるような大人になりたいです。


大江馨さん(ヴァイオリン)の感想文

復興支援コンサートに参加して

 

 さる11月17日、18日の両日、東日本大震災の被災地である岩手県大槌町と仙台市若林区で開催された復興支援コンサートに、演奏家の一員として参加させて頂きました。ヴァイオリンを学ぶ学生に過ぎない私が、クラリネットの山本正治先生、ヴィオラの大野かおる先生、ピアノの梅村祐子先生と御一緒させて頂いたのです。このような機会をお与え下さった四分一様はじめクウォーター・グッド・オフィスの皆様に心より感謝申し上げます。

 

 中学校を卒業するまで仙台市で過ごした私は、音楽の勉強の利便性も考え、慶應高校に進学しました。東日本大震災が発生した直後、宮崎の音楽セミナーに参加していた私は、ひっきりなしに流れてくるニュースの映像を見て、「ヴァイオリンなんか弾いている場合か!」と自分自身に深い憤りを感じました。

 多くの人たちが亡くなった上に、その後、私の祖父母や友人たちをはじめ、数え切れぬ人たちが水や食事に事欠く不自由な生活を長期間強いられたのです。

 でも数か月後、ある演奏家の方から「君の気持ちは分かるが、音楽家には音楽家の役割があるのだよ」と言われ、ヴァイオリンを続けることにしました。今回のコンサートに参加させて頂いたのは私自身の心の救いともなりました。

 

 大槌町の公民館でも仙台市の蒲町小学校でも、大変寒い中、被災された多くの方が私たちの音楽を聞いて下さいました。私たちの音楽が少しでも心の癒しになってくれれば、と祈るような気持ちで演奏しました。

 仙台の会場には、私が中学生のころからずっと私の演奏を応援して下さっている方もお出でになりました。震災後、身内や友人の葬儀に9回も関わられたその方は、「音楽でも聴かなければどうにもならないよ」、と淋しそうに笑っておられました。

 

 「被災地や離島へ素晴らしい音楽を届ける」というクウォーター・グッド・オフィスのお考えは本当に素晴らしいと現地に行って感じました。音楽は生きる力の糧となるのかもしれません。

 まだまだ、未熟な私ではありますが、クウォーターズの皆様に応援頂いていることに感謝申し上げます。今回日本音楽コンクールで入選できたのも試奏会の機会をお作って下さった御蔭です。皆様から御助言やお励ましを頂いたことは大変心強く思いました。

 本当に有難うございました。


大野かおるさん(ヴィオラ)の感想文

大槌町&仙台市若林区への出張演奏を終えて

 

 わたしは今回初めて東日本大震災の被災地に演奏に出かけました。

 以前の町の様子を知らないわたしには、まるで「遺跡」を見ているような錯覚を覚える大槌町の荒野。しかし津波の被害に遭わなかった高台にある公民館での演奏会に足を運んでくださった方々は明るく前向きに生きていらっしゃる町のみなさんでした。
 コンサート終了後には花束をくださり、交流会では郷土料理のホタテご飯と鮭汁を振舞ってもてなしてくださり、わたしはほろりと涙がこぼれそうでした。みなさんまだまだ毎日の生活でたいへんなはずなのに!この町とは切っても切り離せない「ひょうたん島」はぽっかりと海に浮かんで置物のようにかわいいらしい。この島まで波に持っていかれなくてよかったと思いました。
 仙台市若林区での小学校の演奏会は強風の中、大槌町よりかなり寒く、ドレスの下にはホカロンを3個も貼り付けての演奏となりました。しかし熱心に耳を傾けてくださるお客様の様子に、「わたしは今だけ寒さをがまんすればいいのだから」と被災された方々のご苦労を思い、心を込めて演奏させて頂きました。
 今回の出張演奏で感じたことはボランティア活動のバランスについて。NPO法人クオーター・グッド・オフィスは受け入れてくださる二つの町とほどよくバランスを取りその活動を成功裏に終えたと感じています。また、演奏会に至るまでの準備も困難が多かったことと推察しますがほぼ完ぺきに準備されていて感心しました。
 わたしの予想を上回る来場者の数、真に音楽に浸っていらっしゃる町の方々の様子、わたしも微力ながらお手伝いが出来てよかったと清々しい気持ちでいます。
 携わってくださった皆々様、お疲れ様でした。そしてありがとうございます。


山本正治さん(クラリネット)の感想文

今あらためて思う事

 

 復興支援コンサートに行ってもらえないかと四分一さんから電話を頂き今回参加させてもらいました。去年3月11日に起きた東日本大震災、それからほぼ1年半以上過ぎました。東京にいると記憶には残っていても毎日の生活の中では忘れる事が多くなって来ていました。今回大槌町と仙台市立蒲町小学校に復興支援コンサートに行き、町を見てまだまだ完全復興にはほど遠い現状を感じる旅になりました。

 金曜日の夜に北上市のホテルに泊まり、次の日、車で大槌町まで連れて行ってもらいました。大槌町まで2時間半くらい。大槌町に入るとテレビでは見ていましたが津波で家が流された場所を見て衝撃を受け、又家の下が鉄骨だけの建物を見て津波の破壊力の凄さに圧倒されました。高台にある大槌町中央公民館、3階大会議室でコンサート。中学と高校のブラスバンド・クラリネットセクションの生徒も聞きに来ていました。コンサート後にクラリネットの生徒達に少しレッスンをしましたが熱心に聞いてくれました。

 演奏会後はパーティを開いて頂き、聞きに来ていた人達と交流の場となりました。

その後、又車で北上駅まで連れて行ってもらいそこから新幹線で仙台に行き宿泊。

次の日は仙台市立蒲町小学校の体育館でのコンサート。蒲町小学校は地震で校舎が使えなくなり仮校舎での授業をやっているとの事、体育館は使えるが床が少し傾斜している。

 寒かったのですが沢山の聴衆に来て頂きました。演奏も喜んで頂けたようでした。演奏会から町に戻る時に津波の被害があった海岸の方まで車で連れて行って頂き、津波の被害の悲惨な状況など説明して頂きました。水田はまだ塩害でお米が作れないとの事。

色々な所で色々な人が苦労をしている現状を感じる事が出来ました。

 今回のことではないのですが今年の4月から福島県伊達市からの要請で中学生のブラスの指導に藝大の学生25人位つれて今年4月から5回行きました。伊達市は放射線量の少し高い町で、子供達の心のケアの為に町が文化を通して少しでも子供達の心が豊かになるよう考え、その一環として中学生のブラスを指導に来てくれないかと僕に話がありました。藝大の学生も震災の後、何か出来ないか考えている学生が沢山いて、管楽器として何か出来ないか考えていた時に伊達市からお話を頂きました。

 中学生の心を豊かにする為に音楽等精神的なことを充実させたいとの伊達市の意向を聞き、藝大の学生達も賛同し行っています。伊達市の全部の中学生160人位が1つの学校に集まり2日間指導をします。そこで感じる事ですが、中学生達が大変な地震、また放射線の事等を体験して来ているのに意外と皆明るいと言う事です。震災直後は生活の事等大変な事が多かったと思います。今もまだ大変でしょうがこれからは精神面のケアが大事になって来ます。

 震災直後は住む所、食べる物のなく大変でした。まだまだ仮住居にお住まいの方など沢山いらっしゃると思いますが、これからは精神面でのケアも大切になって来ると思います。音楽、特に生の音は心のケアに大事だと思います。

 これからより一層音楽が大事になって来ると思います。

又声をかけられたら喜んで参加したいと思います。

今回は有り難うございました。


梅村祐子さん(ピアノ)の感想文

未曽有の震災から一年半…11/16~18の3日間、四分一さんにお声をかけていただき、震災後二回目の冬を迎えようとしている被災地に初めて訪れることが出来ました。


移動中に目に入る景色は、あちこちに山積みになっている瓦礫、そして土台しか残っていない土地には月日を感じる草が茂り、亀裂が入ったまま住んでいらっしゃる家々。もちろん仮説住宅もたくさん見受けられます。
この方たちが以前の生活を取り戻されるのにはどれほどの月日が必要とされるのかと考えただけでゾッといたします。

今回は、山本正治さん、大野かおるさん、仙台出身の大江馨くんというメンバーでしたが、全員気持ちは一つ!会場にいらして下さった方々にその瞬間を味わい、楽しんでいただきたいということでした。

コンサートのスタート時には少し硬かった雰囲気が、曲が進むにつれ自然に手拍子も入り、空気が和やかになるのがすぐに感じ取れました。 楽しく聴いて下さっている表情を拝見出来、逆に私たちが素直な子供たちの笑顔に心が洗われ、元気をいただいたような気がいたします。

空気は冷たくとも、穏やかな余韻を胸に帰路に就かれることを祈り、二回のコンサートは無事に終了いたしました。

今回改めて感じましたこと…精神的にもかなりきつい状態でいらっしゃるに違いない方々が再び寒い冬を迎えられます、私たちにいったい何が出来るのだろうかと。震災直後は音楽を聴かれる余裕はもちろんおありではなかったでしょう、しかし今後は、心に響く音楽を《継続して》お届けすることも小さな協力のうちの一つとなることを実感いたしました。
また何かお役に立てます時には是非参加させていただきたいと思います。

 

最後になりましたが、今回は寒いことが予想されたため、ピアノの鍵盤上に事前にホカロンを載せておいていただいたり(^O^)、様々なことをお願いしましたのに快く応えて下さったクウォーターの皆様にこの場をお借りして心よりお礼を申し上げます。
ありがとうございました。


中村准子さん(碇川町長ご夫婦と語り合えた同行スタッフ、当法人メンバー)の感想文

大槌町を訪ねて ~碇川町長が語ったこと~

 

 東京から先発隊として新幹線で釜石に向かった。大槌という駅は、地図上には残っているが津波で流されてしまっている。今回のコンサートを大槌町側で担当してくださった生涯学習課長 佐々木健さんが車で釜石駅まで迎えに来てくださり、被災の状況を伺いながら会場である大槌町中央公民館に向かった。公民館は被災後、避難所となった場所。今回の会場となるホールは、災害物資を仕分けする場所として使用されていたそうだ。調律師 執行さんがピアノの調律をしている間、外に出てみた。海岸を見下ろすこの高台は、何度かテレビで見た町が津波に飲み込まれていく映像が撮影された場所。今、見える景色は、建物がほとんどなくなり、土台だけが残り、草が生え、その奥には穏やかな海。眺めているうちに自然と手を合わせ座り込んでしまった。死者・行方不明者数は1276人(2012年9月19日現在)。役場が被災し、町長も犠牲となった。町民の10人1人の方が犠牲となり、残された全ての方が大切な方を亡くしている。

 

 宿泊施設がほとんどない大槌町で、今回のコンサートの事前準備をする私たち先発隊は碇川町長のご厚意に甘え、ご自宅に宿泊させていただく。夕食の後、「被災地に来るのは初めてですか?」と町長に尋ねられ、「福島県いわき市に同じ様に復興支援コンサートに行きましたが、このような被災の状況を目の当たりにみるのは初めてです。」と答えた。そして「どう感じられましたか?」と聞かれ、気持ちの整理ができないでいる私はとっさに答えることができなかった。そして「まちづくりという復興も本当に長い時間がかかると思いますが、この地に来て、被災された方一人ひとりの心のケアも年月がとてもかかるものだと改めて感じました。決して震災で受けた衝撃はなくなるものではないのではと・・・」とお話しした。

 

 町長は、「時は薬」という。そして続ける「時が経てば癒えるものも確かにあるが、それだけでは足りない。そんなときに音楽が力になってくれる。だから音楽を通した心の復興を考えたい」と。町長は音楽の力を信じ、音楽の力で町民の心が少しでも安らぐ時間を作りたいと願っている。ここに私たちがお手伝いできることが確かにある。私たちが信じていることと同じことだからと感じた。

 

 そして、町長はまちづくりについて、「海が見えて、散歩したくなるまちを作りたい」と語ってくださった。10mを超す防潮堤が作られる計画の中、海岸から離れた場所ではないと海を見ることはできない。“海が見える場所”とは“津波に二度と襲われることのない安全な場所”。そこに家を建て、そして散歩したくなるような、くつろいだ心地よい町にしたいということだ。町長の中には、はっきりとしたイメージができているようだった。

 

 震災後、これまで大槌町では4千の団体、5万人以上の方がボランティアに参加している。町長が、自分は日本一、いろんな方に会っている首長ではないかと思うと語っていらっしゃるように、北海道から沖縄まで行政から職員が派遣され、民間レベルでも様々な分野で支援が入っている。また震災を機に故郷に帰り、自分たちの手で何かしたいと頑張っている地元の方も多い。

 

 町長は「いろいろな方の知恵を集め、工夫したら復興は実現できる。」とおっしゃった。震災後、自分は復興支援のために何ができるのかと考えている方が多いと思う。私もそうだ。今回の大槌町訪問で、自分たちが得意とし、知恵を出せる分野で支援することがいいのだと強く感じた。様々な方がそれぞれの得意分野で知恵を出し、工夫していくことは、復興支援だけでなく、これからの日本全体に必要なことだとも思う。

 

 もう一つ町長がおっしゃった話がある。「大槌町は日本の未来が少し早くやってきている」と。近い将来やってくる超高齢化社会。今回の震災では、奥様を亡くされ一人暮らしとなった高齢の男性が多いことをとても心配していらっしゃった。どんな風に社会を作っていくのかは、大槌町の大きな課題であり、日本全体の課題でもある。だからこそ、みんなで知恵を出し合って工夫していかなければいけない。ここにも音楽の力が活かせることがあるかもしれない。

 

 奥様を名前で「○○○さん」と呼ぶ町長ご夫婦は本当に仲が良く、重責を担い復興を推進していく町長を、このお二人の関係が支えていることは間違いがないと思う。メンバーが奥様お手製の「梅干し」を絶賛し、(本当においしくて・・・)、奥様は私たちが帰るときに、それぞれに御土産を持たせてくださった。 


大橋正教さん(編曲も手掛ける同行スタッフ、当法人メンバー)の感想文

出前コンサート同行記

 

 演奏会初日(11月17日)の朝、ホテルの窓から見える東北(北上)の空は、一面に灰色の雲が広がっていた。

 ご自宅のある仙台を、けさ早く発ってこの北上までやって来られたという、八島、大日方両氏の車にホテルの前まで迎えにきていただき、4人の演奏家とスタッフ二人(原さん、大橋)が分乗、会場である大槌町中央公民館に向かった。

 2時間を超える長旅?の後、ようやく会場に到着し、先発隊の四分一理事長、秋山さん、中村准子さんと合流した(調律の執行さんは、すでに翌日の会場である仙台に向かっていた)。

 会場に入ると、舞台の上に長々と貼られた横断幕に「大槌町復興支援コンサート」と大書されており、また、100脚以上あると思われる真新しいパイプ椅子が、整然と並べられ、開演をいまや遅しと待ちうけている。その静かなたたずまいに、私は思わず心の中で「これはすごいや!今日はきっと素晴らしい演奏会になるゾ!」と叫んでいた。

 開演は14時30分、開場予定は14時であったが、13時半過ぎにはもう、お客様が会場に入ってこられた(東京では、とても考えられない!)。

 年配の方が多いようだったが、突然、「こんにちはぁ!」「こんにちはぁ!」と、次々にはじけるような元気な若い声が会場に響いた。声の方を見ると、女子中学生の一団。どうやら、大槌町ご自慢のブラスバンドのメンバーらしい。

 やがて、会場はほとんど満席となり、開演を待つ静かな熱気と緊張に包まれた。

 碇川大槌町長のご挨拶、そして、四分一理事長の挨拶があって、いよいよ大槌町復興支援コンサートは始まった。

 プログラムは、順に、大野かおるさん(ヴィオラ)の日本の曲メドレー、山本正治さん(クラリネット)の映画音楽その他、休憩をはさんで大江馨さん(ヴァイオリン)のクライスラーの小品その他であり、それぞれ、梅村祐子さんのピアノ伴奏で演奏された。

 このほか、4人による合奏として、最初に「浜辺の歌」、休憩の前に「崖の上のポニョ」、アンコールとして「アメージング グレース」と「ひょっこりひょうたん島」、最後にふたたび「浜辺の歌」が演奏された。

 この中で、「ひょっこりひょうたん島」は、NHKテレビの原作がこの大槌町にゆかりがあるということで演奏されたのだが、始まってすぐ、会場に小さな歓声が走り、そして手拍子が広がった。

 終演後、ブラスバンドのメンバーたちが演奏家に花束を贈り、一緒に並んで記念撮影をした。彼女たちの上気した嬉しそうな笑顔がとても印象的だった。

 そのあと、山本さんからメンバーたちに、クラリネット奏法を中心に演奏指導があった。彼女たちは、始めは緊張して声も出ないようだったが、次第に打ち解け、山本さんのマンツーマン指導を熱心に受けていた。

 今回は、演奏の合間にも、大野さんと大江さんによる「ヴァイオリンとヴィオラの違いはなんでしょう?」などの解説があり、日頃、このような楽器に縁遠い人たちには興味深かったのではないだろうか。

 前回の「いわき」でのコンサートのときもヴァイオリンの解説があり、子供たちに深い感銘をあたえたようだったが、これからも、このような企画を織り交ぜていければいいと感じた。

 別室で、地元のみなさんに懇親会を開いていただき、ジュースとお菓子で乾杯した。さらに、みなさんの心づくしの炊き込みご飯ときのこ汁までご馳走になった。

 翌日の演奏会場である仙台まで移動する時間となり、みなさんとお別れしたが、ブラスバンドの生徒たちは最後まで大きな声を出して見送ってくれた。

 私は、こういう、若くて元気な人たちが、この土地の人々にとっては、本当に大きな「希望」なのだろうなあと心から思った。

 演奏会二日目(11月18日)は、心配していた雨は大丈夫だったが、低気圧のせいか、冷たい強風の吹きつける寒い日であった。

 会場である仙台市立蒲町(かばのまち)小学校の講堂はとても広いところで、暖房用の巨大な石油ストーブが2台、ゴーゴーとすさまじい音を出しながら燃えさかっていた。それでも、演奏家たちはゲネプロの合間は手袋をはめ、ホカロンを握ったりして、大切な手を暖めることに余念がない様子。

 

 冷たい風の吹きすさぶ中、来ていただくだけでも大変だったと思うが、前日よりもさらに多くの来場者をお迎えした。

 14時、佐々木蒲町小学校長のご挨拶と四分一理事長の挨拶があり、復興支援出前コンサートが開演となった。

 プログラムは、若干変更があったがほぼ前日と同じであった。

 大江馨さんが仙台出身ということで、演奏に先立ち、マイクを持って自己紹介するという一幕もあり、会場が和んだ(彼の声掛けによるものか、同年代の若者が多数来場していた)。

 終演後、並べられた椅子の片づけなどが、地元の、今回の演奏会の運営組織の人たちによって始まった。言うまでもなく、会場の受付はもちろん、事前のセッティングや広報など、なにからなにまで皆さんのご協力をいただいたことにより、初めてこの演奏会を開くことができたのである。あらためて、感謝と敬意の気持ちを表したい。

 NPOクウォーター・グッド・オフィスでは、以前より「出前コンサート」として、日頃、生演奏に接する機会の少ない地域の人たちに無料招待のチャリティコンサートなどを行ってきているが、今回は特に、震災の復興支援ということを大きな目的に掲げている。

 それも含めて、これからもこのような活動を続けていくことの意義を改めて痛感する演奏旅行であった。


秋山雄一郎さん(民泊初体験の同行スタッフ、当法人メンバー)の感想文

震災/津波の被災地は、6月に一度見て回る機会があり相当の衝撃をうけましたが、今回は被災地の方々と触れ合う機会を持てて非常に良い経験させて戴いたと思います。
大槌町と仙台若林区では被災状況や人口も違うので多少違う空気を感じたのですが、いずれの方々も”被災者”という表情が前面に出て来ない、想像していたのとは少々違うものを感じました。
時間の経過がそうさせるのか、意識的にそうしているのかは分からないのですが、早く日常を取り戻したいという事なのかと思います。
演奏家の方々も、選曲にしても演奏にしても、本当に”善意”に溢れたすばらしいものだったと思います。

今回”復興支援”という事でしたが、現地を見た感じでは復興の形が見えた気がしていません。多分10年、20年という時間が必要なのかと思います。
そういう意味でこれからも”支援コンサート”を続けていけたらと思いますし、その際には出来る限りのお手伝いをさせて戴きたいと考えています。


八島和彦さん(仙台から家族で参加、当法人メンバー)の感想文

【同行記】

 

□11/17(土)QC・四分一さん⇒ 碇川町 大槌町復興支援コンサート

                    (お手伝い:大槌町役場職員他)

     QCスタッフ:大橋さん、原さん、秋山さん、中村(准)さん、執行さん

            大日方さん、八島

 

<第1の流れ> 

東野さん(朝日記者)⇒四分一さん 東野さん志願して大槌町赴任 ⇒ 碇川町長

* 8/9 大槌町訪問(四分一さん、八島) 概要定める

□11/18(日)QC・四分一さん⇒ 蒲町小学校 復興支援出前コンサート

           (お手伝い:七郷地区町内会連合会、蒲町小学校関係者)

     QCスタッフ:大橋さん、原さん、秋山さん、中村(准)さん、執行さん

            大日方さんご夫妻、八島一家

 

<第2の流れ>

四分一さん⇒ 大日方さん(30数年前のお付き合い 古い友人)         

四分一さん⇒ 八島(工業会) ⇒ 工業会 総務委員長(若林区 町内会長)   

*9/29 仙台市立蒲町小学校訪問(四分一さん、八島)二階堂教頭先生と概要定める

 蒲町小学校は、仙台市の中では、被害の大きかった若林区にあり、津波も近くまで到達した小学校。校舎は真ん中に亀裂が入り、使用できず。間もなく解体予定。仮設校舎での授業。体育館も真中が沈んでおり、ピアノの置き場所に苦労。

 

1.全ては、人のつながりから始まる。

2.垣根のない演奏会から生まれた感動。コンサートホールにはない演奏家との近い距離。演奏家の被災地に対する想いと胸琴にふれる演奏。音楽環境の全く良くない場所も聴衆にとっては全然問題なし。

3.まだ揺れに対する感覚、そして怯えが身体に残っている。被災した者の心細さからくるのか、日本の唱歌やアメイジンググレイスのゆったりとした音楽に涙する。

4.何でこんなお手伝いをしてるのだろうかと時々自問する。勿論明確な解は見いだせないが、大震災でもさかんに使われた「絆」という言葉に似たものを感じる。今回のコンサートを通して、やはり自分のやれる範囲で自ら周りと関わることの大事さ、新たな友人・仲間の広がり、こうしたことは多分人生にとって何事にも替え難いものなのであろう---と感じる。


大日方輝育さん(仙台在住、旧クォーターズメンバー)の感想文

 四分一さんとはクォーターズの初期の段階からの知り合いで、30年余の月日が過ぎております。昨年の3月11日の東日本大震災後に安否確認メールを頂いてから連絡を交わすようになりました。

大震災によりご縁が復活した思いも重なり、今回の復興支援コンサートのお手伝いに参加させて頂くことになりました。

 はじめてのコンサートのボランティア、と言っても運転手がメインでしたが、大変有意義な時間を過ごすことが出来ました。

 著名な演奏家の皆さんを安全に送迎することが使命だったので、何とか無事にお手伝いが出来たかなあとも思っております。

忘れられない印象は、大槌町ゆかりの「ひょっこりひょうたん島」のテーマソングを聞く町民の皆様の背中です。― 『美しく穏やかだった故郷を思いだしつつ、明日の復興を誓う』という、秘めた力強さが背中からのメッセージとして伝わってきました (そして涙してしまいました― )

『槌音』(音楽)による復興を掲げる大槌町の支援コンサートは今後も継続的に行っていって欲しいと思います。

最後になりますが、このような機会と経験をさせて頂いたクォターズクラブの皆様に改めて感謝申し上げます。

『ありがとうございます』